鯖江市指定文化財

ふなつじんじゃあかとりい
舟津神社赤鳥居(1基)

指定 
所在地 
管理者 
時代 
《県指定》 平成10年4月24日
鯖江市舟津町1丁目 舟津神社
舟津神社 
江戸時代中期
 舟津神社赤鳥居

 舟津神社赤鳥居は、境内を南北に横切る通路の脇に建つもので、柱間3.4m、高さ4.2mの規模を持つ明神鳥居<みょうじんとりい>形式である。また、柱下部は石造(笏谷石<しゃくだにいし>)、上部は木造丹塗で、半木半石<はんぎはんせき>明神鳥居である。明神鳥居とは、最も一般的な鳥居の形式で、笠木・島木に反があり、柱に転び(傾斜)があるものを言う。
 神社に残された記録から、大工、竹内次郎兵衛により安永3年(1774)に建立されたことが知られる。また、寛政11年(1799)の修理時に下半部が石により根継が行われたことも伝えられている。
  建築年代が明らかでその変遷をたどることができ、大鳥居[前出11]との比較も可能であり、貴重なものである。また、本殿[12]・大鳥居と一体的に保存されており、神社における建造物群としても貴重である。

幕藩体制の動揺
 舟津神社赤鳥居が建てられる2年前の安永元年(1772)に、田沼意次<たぬまおきつぐ>(1719〜88年)が老中に就任している。当時、10代将軍家治<いえはる>の治世で、意次は幕府の財政を維持するため、株仲間を公認して商人に専売特権を与える代わりに運上・冥加金を徴収した。しかしこの結果、賄賂が横行し、民衆の反発を受けた。さらに、天明<てんめい>の大飢饉や浅間山の大噴火も重なり、百姓一揆や打ちこわしが続発するなか、失脚した。
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