鯖江市指定文化財

ふなつじんじゃほんでん
舟津神社本殿(1棟)

指定 
所在地 
管理者 
時代 
《県指定》 平成10年4月24日
鯖江市舟津町1丁目 舟津神社
舟津神社 
江戸時代後期

 舟津神社本殿

 舟津神社本殿は、文政元年(1818)の建立とされる建物である。五間社流造<ごけんしゃながれづくり>、柿葺<こけらぶき>を基本とする建物で、正面8.399m、側面6.830mの身舎<もや>部の背面中央に3間(5.454m)×2間(2.830m)の庇を突出させている。神座は身舎ではなくこの背面突出部に設けられており、この点は全国的にも特異なものである。また、正側面3方には刎高欄<はねこうらん>付きの切目縁を廻らし、7段の階段を設けており、向拝は正面全体に中央間を広くした3つ割りとして設けている。
 構造は、向拝柱を角柱とする他は円柱を用い、組物は、身舎部は拳鼻付で出組、庇部は拳鼻付平三斗<こぶしばなつきでぐみ>である。妻飾りは、出組上に大虹梁<だいこうりょう>を置き、太瓶束<たいへいづか>3本を立てて木鼻付頭貫で繋ぐ。さらに、この束上に拳鼻付平三斗<ひらみつど>を置き、二重虹梁を渡して中央に太瓶束を立て、豕叉首<いのこさす>を配し、拳鼻付出組で棟木を受ける構成で、近世的雰囲気をよく示している。
 総じて、五間社という規模は、現存する神社本殿としては県内最大規模であり、背面突出部に神座を設ける構造なども他に例を見ない。加えて、妻飾りの複雑な構造など、近世神社本殿のあり方の一端をよく示している建物である。

化政文化
 舟津神社本殿が建てられた頃、文化・文政年間(1804〜30年)には、上方と並んで全国経済の中心地に成長した江戸の繁栄を背景に、町人文化が最盛期を迎えた。人々はあいつぐ改革の厳しい統制の中、抑圧された本能を風刺や皮肉の文芸に発散させた。絵画では浮世絵が隆盛し、詩歌では川柳・狂歌がつくられ、小説では洒落本・滑稽本・人情本・読本が盛んとなり、文学が一般民衆に浸透した。

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